2007年9月29日(土) 知らないうちにイヤミ

2007年09月29日 20:58

友達はサービス業に従事している。あるとき、彼女が仕事をしているところに出くわした。外国人を相手に英語で何かを説明している。忙しそうだったので声はかけなかった。

後日、見かけたよ〜、と伝えると、下手な英語をきかれてしまった、と照れた。

「ぜんぜん、そんなことないよ。仕事であれだけつかえればじゅうぶんやって。」
「あなたにそう言われるとイヤミにきこえる・・・」

いえ、そういうつもりはないのですが(汗)。

また、別の機会で、ある人から知り合いの添乗員さんの語学力をたずねられたときのこと。

「添乗員さんとしてはじゅうぶんだと思いますよ」

と、答えたところ

「・・・『でも、わたしほどじゃないけどね』ってことやね(笑)」

いえ、決して、断じて、そのようなつもりはないのだけど、知らず知らずのうちにえらそうな態度をとっているのだろうか。だとしたら気をつけないといけない。

2007年9月28日(金) 死線を越えて

2007年09月28日 21:56

あら、「しばらくお休みします」宣言をしたのに、PCに向かってしまいました。ちょっと今日は余裕があるみたい。

さて、生臭い話で恐縮ですが、相撲の稽古で亡くなった少年と戦場で命を落としたジャーナリストの事件がとりあげられている。

しかし、新聞の三面を開いても分かるように、ジャーナリストは大きくとりあげられているのに、少年のほうは小さい。

これっておかしくないか。ジャーナリストはプロだ。それに場所は戦場とまでもいかないまでも、軍事政権下、しかもデモ。何が起こってもおかしくない情勢だ。

かたや、相撲の稽古部屋。血なまぐささのかけらもない(と思っていた)。

これだけ見比べても、事件の異常さを考えると取り扱いの枠を間違っているように思う。

さらに言うなら、ジャーナリストはおそらく何度も死線を乗り越えてこられた人だろう。ご家族にはお気の毒だし、ご本人とて無念に違いない。しかし、危険を承知で出かけていった戦場で命を落としたのなら、ジャーナリストとしては本望ではないだろうか。

しかし、少年は・・・。稽古である。ビール瓶や金属バットで殴るのが稽古なのか。もし、同じことが高校や大学の野球部で起こったとしたらどうだろう。責任者はつるしあげられ、その上、自分もかかわったとなればすぐにでも逮捕されているのではないだろうか。

なのに、この生ぬるさはなんだ。

ところで、話はそれるが、今日、相撲協会の理事長が文科省におわびに行った。夜のニュースで映像を見た。

大臣が貧相で腰が低すぎるのと、理事長がこわもてで態度が大きすぎるので、いったいどっちがどっちに謝っているのだか分からなかった。腰が低いのも考えものである。

2007年9月26日(水) SPA!&お知らせ

2007年09月26日 21:49

デジャブのようだ・・・と思いながら今朝、いつものローソンにSPA!を買うために立ち寄った。

ドアを開けたところでいつものおじさんと目があった。すると、おじさんはわたしの顔を見るなり吹き出した。そして、笑いながら本棚に行ってSPA!を取り出してくれた。

まいった、まいった。

うれしいような、面倒くさいような複雑な気分である。うっかりとおじさんと仲良くなってしまったら、火曜日にローソンへ「買いにいかなければならない」という義務感を持ってしまいそうで心配だ。

わたしを待っている(かもしれない)人を裏切るのは申し訳ない。かといって義務感を持ったり、おじさんと会うのが面倒くさくて、よその店にわざわざ足を運ぶようになるのも気が重い。

おじさんがいやな人というわけではないのだけれど、小市民ルーシーとしてなできるだけ匿名を守りたい。そして、心静かに暮らしたいなあと思う。

ところで、仕事が忙しくなったのでしばらくブログはお休みします。書く時間がないほど忙しいというわけでもないのですが、気持ちの余裕っていうやつでしょうか。その余裕が足りないようです。

ご愛読くださっている皆様、いつもありがとうございます。心から感謝しております。しばらくお待ちくださいませ。

2007年9月25日(火) 倉田真由美と中村うさぎと斉藤美奈子

2007年09月25日 21:26

また、やってしまった、SPA!。先週同じパターンだ。いいもん、明日の朝、買おうっと。

しかし、思えば遠くへきたものだ。そもそも「ドンキホーテのピアス」(医局の女医さんから借りた単行本:鴻上尚史)がおもしろくて、彼のエッセイを読みたさに、「SPA!」を購入。すると、すっかり「だめんず・うぉ〜か〜」(倉田真由美)のとりこになってしまった。

そして、倉田真由美の漫画を読むなかで、彼女と作家の中村うさぎ(買い物やホストに熱をあげる自分をネタにしている)は仲良しということを知る。

やっぱりな、と思う。わたしも中村うさぎはまあまあ好きで、わざわざ単行本を買うことはめったにないがわりと読む作家だ。

そして、たどっていくと深澤真紀という編集者が倉田真由美や中村うさぎにしっかりとからんでいることを発見。さらに言うと深澤真紀さんの会社はは評論家 斉藤美奈子氏のマネジメント会社でもあったのだ。

すいません、オタクなゴタクを並べて。

つまり、人の好みとか嗜好って結局ひとつのところにたどりつくようにできている、ということをこれらの愛読書(?)を通じて確認した次第です。



2007年9月22日(土) 子はかすがい

2007年09月22日 00:00

父と母がけんかをしているらしい。

けんかといってもわめきたてるでもなく、DVでもなく、お互いにムッとしていて口をきかない。

あ〜、やな感じ。こういう雰囲気での食事は苦手だ。かといって食べないわけにはいかないし。というわけで静かに3人で食事をする。

父がわたしに何か話しかける。二人でそれなりに話はもりあがるが、母は加わらない。しばらくして、わたしが母にはなしかける。それなりにもりあがるが、父は加わらない。やれやれ。

こういうときのわたしは「かすがい」というのだろう。塔のたった娘のいない家では、娘のかわりにネコや犬がいたりするのだろうな、じゃあ、いない家はどうするのだろう、などと考える。

夕食後、阪神の試合なんぞをみながら、なしを食べていると気がつくと二人で楽しそうに会話をしていた。あほらし。夫婦げんかは犬もくわないって本当だった。

2007年9月21日(金) 追いはぎ

2007年09月21日 00:00

先日のこと。久しぶりにのぞいたブティックで、突然追いはぎにあった。まさか、現代の日本の百貨店に追いはぎがひそんでいるとは思いもよらなかった。ある意味テロより怖い。

2007年9月20日(木) ウソをつくのはつらい

2007年09月20日 21:32

ウソも方便とはいうが、やはりできれば正直に生きていきたいものである。

一方的にかかってくる取材、売り込みの電話に対しても、できるだけ穏便にすませたいと思っている。

「ちゃーりー先生いらっしゃいますか」
「あいにく不在でございます。」

ここで「あ、そうですか」とあきらめてくれればいいのだが、意外としつこい。

そりゃそうだわな、仕事だもん。ああ、そうですか、で引き下がっていては仕事にならない。かといって正直に答えていてはわたしが仕事を放棄したことになる。

ル「あいにく不在でございます」

の次は

「では、何時ごろおもどりですか」

と、敵も返す刀で迎えうつ。あ〜、きた〜・・・。これは長期戦になりそうな気配。

ル「失礼ですがご用件をおうかがいできますか」
セ「先日お送りした書類の件ですので、ご存知かと思います」

あー、そういえば、そんなの捨てたなー・・・と思い出す。

「さようでござますか。失礼いたしました。あいにくでこございますが、本日は不在です。」

と、やはり繰り返す。不毛だ。が、敵もさるもの。

「明日は何時ごろご出勤されますか」
「お時間をいただける日程をお教えいただけますか」

永遠にこの会話を続けることになる。見抜いてよ、居留守だってば。

ル「それでは○○の△△様からお電話があったことをお伝えいたします。失礼ですが、お電話番号をおうかがいできますか」

と、あまりにもしつこい相手には名前と電話番号を確認する。そして、最後に

ル「かしこまりました。では、お電話があったことをお伝えいたします。」

と結んでやっと受話器をおくことができる。そう、お電話があったことは「伝える」のです。かけ直すという約束をしたわけではない。

しかし、電話をすると言ったわけでもないのに、どういうわけか、先方は自分の電話番号を伝えると気がすむのか、あきらめたのか、わりとあっさりと引き下がってくれる。なら、最初からそういう手をつかえ、と思うのだけど、最初からするといかにもウソっぽいので、これぐらい引き伸ばしてからでないと。やはり落としどころというのは大切なのである。

2007年9月19日(水) SPA!を買った

2007年09月19日 22:22

今朝はいつものローソンに寄った。もちろん、SPA!を購入するために。

このローソンが便利なの。理由は職場に行くときに進行方向に対して左手にあるので寄りやすい(=帰りは、寄りにくい)から。

レジにはいつものおじさん(多分オーナー)がいる。わたしがSPA!を出すと「これ(SPA!)、おもしろいんよな」と独り言のようにつぶやいた。

「・・・ですよね!」

ここにもファンがいたかとうれしくなり、強く同意してしまった。ついでに調子に乗って、

「昨日、うっかりしていてね、買い忘れちゃって」
「・・・だと思った」

やはり、ばれていたか、毎週火曜日の朝、寄っていることが。

わたしは人との距離をとるほうだと思う。友達でも職場の人でも、あまり立ち入ったこともきかないし、きかれたくない。あ、きかれたくないから、きかないのかな。

だから、あまりお店の人とは親しくならないようにしている。コーヒー屋さんでも、このコンビニでも。頻繁に通っても、顔なじみぐらいでとどめておき素性は明かさない。one of them, strangerでいるほうがラクなこと多い。

顔がさす、、、という言葉がある。ま、ルーシーごときが、、、であるが、社交の場以外ではスイッチをオフにしている。だからといって、相手に失礼な態度をとることはない。だって、どこで誰が見ているか分からないから、お行儀よくしておかないと。

もし、わたしがルールやマナーを守っているとしたら、それはひとえに小心者だからです。

2,007年9月18日(火) 幸せを探して

2007年09月18日 00:00

毎週火曜日のささやかな幸せ、SPA!

ところが、わたしとしたことが今日はその幸せを逃してしまった。朝、うっかりとしていて、いつものローソンに寄るのをすっかり忘れていたのだ。

そもそも昨日が休みだったので、今朝が月曜日の気分だったのがいかん。

挽回するべく、帰るときにいつもは寄らないセブンイレブン寄ったら、SPA!がなかった。残念。えっちっぽい本を読んでいる大学生ぐらいの男の子を、気合でおしのけてまで捜したのに、なかった・・・(涙)。

閑話休題。

この前の日曜日はすばらしいことがあった。探し続けていた、ジョン・コルトレーンのCDが見つかった。

それは留学していたころにクラスメイトから借りて、とても気にいっていたCDだ。久しぶりに聴きたいな〜と思ったが、曲の名前はおろか、CDのタイトルもデザインもすっかり忘れてしまっていたので、探し出す糸口が見つからなかった。

それが二ヶ月ぐらい前のことだった。

その日からハラをくくって、レンタルショップのコルトレーンのコーナーを片っ端から借りていくことに決めた。

レンタルショップに行くのが最近では週末の習慣になっていて、探すために行くのか、返すために行って、手ぶらで帰るのもくやしいのでまた借りるという、何がなんだか、分からなくなって、もう無理かな〜とあきらめていたところだった。

もともと好きなミュージシャンなので聴くことは苦にならないが、見つからないというもどかしさが常につきまとっていた。

ところが、探すことをやめたとき(・・・どこかでそんなフレーズがありましたね)、プレイヤーにいれたCDから耳に馴染みのある切ないメロディーが流れてきた。

これだ!!

やっと捜し求めていた一枚にめぐり会えた。聴きたかったから探していたのに、そのうちに探すことが目的になった感もあり、本末転倒という気もするけど、見つかってよかった。

長いあいだの探していたものを見つけるって・・・ちょっといい感じ。

2007年9月17日(月) 「誰かに必要とされたい症候群」

2007年09月17日 22:10

雨がシトシトと降った夕方。ふと空を見上げると霧が煙っていた。

  寂連

  村雨の露もまだひぬまきの葉に

             霧立ちのぼる秋のゆふぐれ

お約束の一句を思い出す。今でこそ意味が多少は分かるが、子供のころは「きりたち」が「のぼる」と信じ込んでいた。「きりたち」が何なのか検討もつかなかったが、きっとミヤビなものに違いないと子供ごろこに納得していたものである。

百人一首はこの手の思い込みがとても多い(恥)。もしかしたら、今でも本当に理解できているかどうか疑問である。

さて、SPA!である。安物の下流向け雑誌と思いきや、記事は以外と工夫が凝らされていて飽きない。特集も「そうくるか〜」と感心する(あきれることもあるけど)ものが多い。

今週の特集は「誰かに必要とされたい症候群」。誰かに必要とされることによって生きがいを見出した人たちを紹介している(ほとんどが仮名、顔出しなしというのがミソ)。

例えば、ニートがボランティアを通じてNPOの職員になったり(ありえる)、ヤクザがカウンセラーになったり(本当?)、臨時教員が青年海外協力隊(すごくありえる)、営業職の女性が風俗嬢(うそだろー)になって生きがいを見出したという事例が紹介されている。

玉石混交、どれがウソでもマコトでもいいのだが、一番、納得いかないのが営業→風俗嬢 である。

亀井真由さん(仮名)は、有名国立大学を卒業後に大手ブライダル会社に入社した。本当はウエディングプランナーになりたかったが、配属先は営業(→希望の部署に配属されないというのはよくある話だ)。。そこではお客様から「いらない」「必要ない」と断られ続けるうちに自分の存在まで否定されたような気になった(その気持ちは分かる)。

そこで、久しぶりに会った高校の同級生がヘルスで働いていて(→どんな同級生だ!)、自分のためにお客さんがきてくれるというのがうらやましくなり(→間違っている)、イメクラで働き始める(→なんで〜)。

その後、ヘルス、SMなどを転々とし現在はソープランド勤務(→ありえない〜)。

曰く「(自分が)気持ちいいのにお金をもらえて『ありがとう』とまで言ってもらえることに感動」「指名料なんてわたしが払いたいぐらい」

だ、そうです。う〜ん、にわかに納得しがたいセリフである。好きこそものの・・・とは言うし、彼女には水があっていたのかもしれない。でも、本当か?この話やセリフが真実である必要もないのだが、いくら捏造でも飛躍しすぎじゃないだろうか。

うん、そこですな。捏造も可、でも、もう少し真実味があるものにしてほしい。でも、捏造でないという可能性も残っているわけだし。きっと読者に{?}を考えさせるところがネライなのかもしれない。となると、わたしは見事にその術中に落ちたわけか。ちょっとくやしい。

2007年9月16日(日) 女性は子供を産んで一人前

2007年09月16日 00:00

女性は子供を産んで一人前、だそうです。

べつにそんなことは気にしないけど、実の母からそういう言葉を投げかけられたら話は違う。ここは受けて立たねば女がすたる。

ニュースをみていたときのこと。女性の育児と仕事の両立について紹介していた。そして、母が言った。

「独身の人は自由になる時間がたっぷりあるんやから、もっと(仕事をしながら子育てをしている女性を会社で)助けてあげなあかん」

母の言うこの場合の「独身」は女性をさす。男性の独身者は除外されているはずだ。それにしても、そうきますか。

もし、同僚が「子供が熱があるから」と言って帰るとき、わたしは多分かわりに喜んで仕事を引き受けると思う。子育てだからというより、のっぴきならない用事というのは誰にでもあるからだ。

それにしても「独身でヒマやからかまへんよ」というのは独身者自身が言うセリフであって、人から「あんたはヒマなんだからもっと働け」と説教される筋合いのものではないと思う。

何事も得るものがあれば、失くすものもある。

わたしは自由な時間はあるが、子供を持つ喜びを知らない。子育ての喜びを知っている人は、自由な時間が少ない。それだけのことで、どちらが立派だとは思わない(世間はそうではないようだけど)。でも、母もひるまない。

「子供を育てるっていう面では、ルーシーよりずっと将来に貢献してるわけでしょ」

はいはい、わたしが悪うございました。子供も産んでいなくてね。

仕事をしている自分がエライとか肩身が狭いと思ったことはない。しかし、女が子供を産んで一人前というなら、男はタネをつけて一人前ってことですか。

文章にすると過激な会話になってしまったが、べつに修羅場だったわけではない。あとで考えてみると、母は専業主婦だから時代を隔てて働く女性(娘)への屈折した優越感や劣等感があるのかもしれないと思った。

それにしてもこんな会話を平和裏にできるのは母とだからである。

2007年9月15日(土) 過去を消したい男

2007年09月15日 21:51

Mさんがヤフーの検索サイトをみながら言う。

M「あんな、これな、こうやるやろ?こういうやつがでてこんようにできひんの?家のパソコンなんやけど、なんとかならへんやろか。」

ぷぷぷぷ。オートコンプリート(一度調べた言葉が提示されるシステム。例えば「ルーシー」と一度入力すると、二度目から「る」といれるだけで「ルーシー」と提示されるアレ)機能をはずしたいらしい。

ル「ふーん、アダルトサイトでもみてるんですか。Mさんはじゅうぶん大人だし、エッチ画像ぐらいいいでしょ。」

M「違うって、そんなん見てへん。第一、そんな元気はない!ちょっとな、修理に出すから・・・(モゴモゴモゴ)」

あい分かった。武士の情けじゃ、これ以上はきくまい。

わたしは自室にもどってMさんの証拠隠滅作戦を援護射撃するためにマニュアルを作った。だって、自信を持って言うが、MさんはPCに関しては口で説明したぐらいでは理解できない人だ。

数十分後、Mさんの部屋に行った。

ル「じゃあね、Mさん。ここ、まず『ツール』をクリックして、それから・・・」

とレクチャを始めた。レクチャ終了後に、マウスを持って自分で操作をしてもらった。

ル「じゃあ、わたし黙ってますから、もう一度自分でしてください。分からなくなったらこのマニュアルを見て」

と3回ほど、Mさんに操作をしてもらった。これでなんとか分かったかな。

M「お!すごい、消えてるやんか!よっしゃ、これでだいじょうぶ!」

とてもうれしそうだった。何がだいじょうぶなのか知らないが、よかった、よかった。するとMさんは喜びながら

M「そんなとこで何してんの? 早く部屋にもどって仕事しなさいよ!ボク、忙しいんやから!」

と、わたしを追い出しにかかった。あのねー、そういうことを言うと今日の貸しは高くつきますよ。

家庭用PKO プライベート・ルーシーより

2007年9月14日(金) よそ見をしていると

2007年09月14日 23:09

仕事の帰りにスーパーに寄った。ふと目をやるとりんどうやおみなえしなどの秋の花が店頭に売りに出ていた。

きれいなぁ、一束買おうかなあ、と目が釘付けになったまま買い物カゴをひとつ手にとった。つもりだったが、それは買い物カゴとよく似た色のゴミ箱だった・・・・。

わたしは買い物客でにぎわっているスーパーの入り口で、しっかりとゴミ箱のふたを握り締めて立っていた。

2007年9月13日(木) 総理大臣が辞めた日に

2007年09月13日 00:00

アベってよくある名前なんですよね。紛らわしいったらありゃしない。ウチの職場にもいらっしゃるんですよ、アベさん。

その日の午後、バッタリと会ったMさんがボソリとつぶやいた。

「アベさん、辞めてもたなあ・・・」

え?耳を疑った。

「どうなるんやろ」

そう言って、Mさんは立ち去った。残されたわたしは呆然とした。アベさんが辞めたなんて知らなかった。いったいいつ?どうして?なんで?これからどうするの・・・?

一瞬のうちにいろんな考えが頭をめぐった。ぜんぜんそんなそぶりは見せなかったのに、突然辞めるなんてよほどの事情があったに違いない。

あまりにもショックで、それからしばらくは仕事が手につかなかった。それにしてもどうして。一言ぐらい相談してくれてもよかったのに・・・。

とにかく、事情があるようだからしばらくはそっとしておいてあげよう・・・。しかし、そうは言ってもやはり気になるので思い切ってMさんにたずねた。

ル「アベさん、なんでやめたったったんですか」
M「そんなもん知るか。無責任きわまりない!あまりにもひどい辞め方や!」

Mさんにそこまで言われるなんていったい何をしでかしたのだろう、アベさん。

ル「それで、次(の仕事)は決まっていらっしゃるんですか」

Mさんが一瞬無言になった。沈黙のあと、言った。

M「あんた、なんの話しとん?」
ル「?」
M「あほか!!辞めたんは総理大臣や!!」

ガーン。わたしはてっきり職場のアベさんだと思っていたよ。そうか、総理大臣のことか。それを早く言ってよー。すごく心配したのに。

ル「なーんや、そっちのアベさんか。辞めたんが総理大臣でよかった!」

ほっとした。するとMさんはさらにあきれたかえって「アホか!」と言った。

2007年9月12日(水) 劣等感の裏返し

2007年09月12日 23:25

仕事の帰りにお気にいりのスターバックスに寄った。カプチーノを飲みながらぼんやりと外のテラスを眺めていると、ある男性が目についた。

後姿しか見えないが、かつてつきあっていた人にそっくりだ。髪型、顔の輪郭、後姿、着ているシャツ、ジェスチャー・・・。全てがあまりにも似ていた。

しかし、あいにく彼はテラスの席に座ってこちらには背中を見せているので、顔が見えない。隣には女性がいて二人でおしゃべりをしている様子だ。その女性は恋人とか奥さんという感じでもないが、仕事帰りの同僚という風でもない。

う〜ん、なんとか確認したいなあ・・・。あっちの角度やこっちの角度から見ようとするがどうしても顔が見えない。

そこで、気がついた。昔の恋人を確認してどうしたいのだろう。あいさつをする? 何のために?

誓っていうが、連れの女性に嫉妬をしたとか、ヨリをもどしたいというわけではない。ごう慢な言い方をすれば、存在を示したかったのだと思う。今の幸せそうなわたしを見てほしかった。

決して、彼がDVだったとか、モラハラだったとか、ギャンブル・アルコール中毒であったというわけではない。標準的にいい思い出もあれば、悪い思い出もある。

ただ、そのときのわたしは得体の知れないものを心の中に抱えていて、自分に自信がなかった。そのせいでどこかで彼に引け目とか劣等感を感じていて、それが原因でブルーな思い出につながっているような気はする。

つまり、彼を通じて過去の自分に勝利宣言をしたいのだということに気がついた。

そのころに比べて今のほうが歳をとった。でも、わたしはあのころのわたしより今のわたしが好きだ。きっと今の自分にそれなりに満足しているからだろう。だから、彼に会って過去の自分に勝利宣言をしたかったのだろうな。

そんなことを考えながら彼の後ろ姿を眺めていたが、最後までかつての恋人だったのかどうかは分からなかった。

2007年9月11日(火) シッコ・・・ルーシーの場合 その2

2007年09月11日 00:00

怖くて長い道のりだった。

まず専門医にたどりつくまでに、何軒もの歯科に電話をしては断られ、断られては電話をしての繰り返しであった。いくら電話をしても

「2週間先まで予約はいっぱいです」「3週間先まで予約はいっぱいです」

本当に予約でいっぱいなんか?外国人だと思って受け付けてないんじゃないか。でも、そうこうしていても歯は痛いし、泣きそうな気持ちだった。

やっとつながったところは、近くはなかったがとにかくこの痛みから解放されるならと地図を片手に出かけた。

そこはいわゆるメディカルビルディングという建物で、いろんな診療科目が入っていた。ピカピカのゴージャスな建物はお金のない留学生をひるませるにはじゅうぶんだった。

さらに、診療所に一歩ふみこんで驚いた。じゅうたんの毛足が長い。調度品も立派だ。ここは病院だろう?なんか場違いなところにきてしまったようだ。支払いはできる?ええい、背に腹は変えられない。覚悟を決め、受付をすませて診察を待つ。

治療のための椅子に座らされた。まわりは見たこともないような道具や機械でいっぱいだ。あぁ、終わりだ・・・観念した。

治療費の見積は1,000ドル・・・それは当時の一ヶ月の生活費以上の額だった。日本円に換算して120,000円というのは今でも大金だが、当時のわたしには120万円ぐらいの値打ちがあった。

やさしそうな50歳ぐらいの歯科医はわたしの口のなかをごそごそといらった。そして言った。

「・・・Don't be afraid」

彼はやさしかった。でもわたしがおそれていたのは痛みではない。すかさず答えた。

「No...I'm afraid of my bank account」

ハハハハハ・・・と彼は愉快そうに笑った。そして、助手と「トマトの生育がよくない」とか「プールで泳いだときにね」と世間話をしながら治療をしてくれた。まじめにしてよ、トマトの苗なんてどうだっていいわよ、とますます気分は落ち込んだ。

一時間後、ようやく終わった。マヒした左のほうをかかえて会計に向かった。

会計の女性はさわやかに言った。

「おだいじに!」

おいくらですか?

「いいえ、支払いはございません。ドクターはあなたからは治療費を請求しません」

??? 何がなにやら分からなかった。混乱しているところに(とにかく痛みやら、なれない場所にいるやらで舞い上がっていた)彼がやってきた。

「支払いはいいよ、おだいじに」

そう言ってウインクをした。わたしの治療代をタダにしてくれるというのだ。「せ、せんせい・・・」思わず涙があふれた。というのは本当の話だ。

「おや、喜んでもらおうと思ったのに、泣かれたら困るなあ。君はアメリカの大切なお客様だからね、お客様からお金はもらえないよ」

とのことだった。

アメリカにはいい思い出も悪い思い出もあるけど、ドクター・ウイリアム・ブッシー、忘れらない人だ。

2007年9月10日(月) シッコ・・・ルーシーの場合

2007年09月10日 21:06

もちろんアメリカ留学中は保険に加入していた。できるだけ安いものにしたがそれでも1年で10万円ぐらいしただろうか。でも、これが本当につかえない保険だった。そのことを痛感した機会が二度あった。

一度目のこと。わたしはちょっとした検診を定期的に受けなければならないのだが、日本で受診すると2000円(3割負担)程度のものが、アメリカでは10,000円になる。そして、さらに検査をしようとすると日本では3000円ぐらいのところがアメリカでは50,000円にはねあがる。

繰り返すがわたしは保険に加入していた。でも、検診は病気ではないので医療費は支払われない。保険証書の小さい文字も読んだし、保険会社に電話でもたずねたがらちがあかなかった。ついでに言うと、たとえその病気になっても「既往症」ということで保険は下りないとのことだった。

その検査は命にかかわるようなものではないので「検査の間があくのがちょっと気になるけど、帰国したときまで検査を待とう・・・」と釈然としないものの、そのときはそういうものなのかとあまり気に留めなかった。

しかし、二度目はあきらめるわけにいかなかった。歯が痛みだしたのだ。ご存知の方もあると思うが、歯の治療も保険が適用されない。しかし、痛いものは痛い。

日本でだって、歯が痛くなってから歯医者にいくことなんてめったにないのに、よりによってアメリカで虫歯になるなんて、とわが身の不運がうらめしかった。

なんとか近所の「General Dentist」に予約がとれたので受診した。ここではレントゲンをとったり、こちょこちょと歯をいじっただけだった(少なくともわたしにとってみれば)が、それでも100ドルほど払った。

ところが、歯科医が言うには「これは神経をぬかないといけないから、ここでは無理だね、悪いけど専門医に行って」とのこと。

ここから恐怖の道のりが始まった。

2007年9月9日(日) マイケル・ムーア 「シッコ」

2007年09月09日 00:00

話題の「シッコ sicko」を観てきた。

http://sicko.gyao.jp/

Sicko とはアメリカの俗語で「病人、精神病者、変質者」などを意味する。留学中にそんな言葉をきいたような気もするけど、まちがってもカタギの人間が使うような言葉ではないと申し添えます。

怖い映画でした、とても。前回の「華氏911」とは比べ物にならない。「911」は義憤のようなものを感じたような気もするが、テロはどこかで他人事であった。

でも、今回は医療保険というテロよりも身近な話題である。医療費が払えなくて、点滴やチューブをつけたまま病院からタクシーに乗せられて貧民街に捨てられたり、「(チェーンソーで切り落とされた)中指の治療は700万円、薬指なら120万円。どうされますか」などという決断を迫られるのだ。お金で命を買うというが、この人は薬指だけを買った。

詳しいことは映画をごらんいただきたいが、つまり保険に加入しているからといって安心できない、というより、運よく保険に加入できても、保険会社は保険金を支払わないようにありとあらゆる手段をつかっているということである。その結果、目の前で娘が死んでいくのを黙ってみているしかないという状況になる。

これを「日本は皆保険制度だかから、だいじょうぶ〜」などと悠長にかまえていられるのだろうか。わたしはそうは思わない。なんとなく、ジワリジワリと、でも、気がつかないところではハイスピードで弱者の切捨てが始まっているのではないかと思う。

実は、この映画ではないがわたしもアメリカでは保険に痛い目にあわされた一人である。

旅の終着点はイスタンブール

2007年09月08日 21:23

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 →ちゃーりーのおもちゃ箱へどうぞ

2007年9月8日(土) 大きなウソはついていない

2007年09月08日 00:00

さる外国人医師の連絡先を調べないといけないことになった。ネットですぐ見つかるはず、チョロイもんよ〜、とネットサーフィンをしたところ、すぐに所属機関と連絡先が見つかった。

ほらね!

いい気になって早速メールを出したところ、広報担当者から「あいにく転勤しまして連絡先は分かりません」というそっけない返事が届いた。

いったいどんな辞め方をしたんだ?せめて新しい職場の名前ぐらいは知っていそうなものだが、規定があって教えられないのだろうか。それとも辞めざるをえない事件でも起こしたのか。

いずれにせよ、仕方がないので再度ネットサーフィンをした。が、いっこうに新しい所属先が見つからない。

そこで、さる学会事務局に電話をかけてみることにした。でも、ここはもっとガードが固いだろうなあ、けんもホロロだろうなあ、ゆううつだなあ、、、と重い気持ちで電話をかけたところ、あっさりと教えてくれた。

いいのか、そんなにガードが甘くて!というぐらい簡単だった。

とはいえ、わたしも多少は頭をつかった。こういうところは部外者には冷たいが、仲間にはけっこう融通をきかせたりする。

そこで「自分も医師で、昔、いっしょに研究をしていた仲間だけど、久しぶりに連絡をとろうとしたら連絡先が分からない。なんとかそちらで教えていただけないだろうか」と教えてもらうのが当然のような話し方をしてみた。

もちろん、自分が医師であるとか、研究をしていたとか露骨なことは言わない。堂々と”ほのめかして”みただけ。

するとうまいぐあいに連絡先をゲット!意味もなく「勝った」という気になりました。

2007年9月7日(金) 秋風

2007年09月07日 00:00

秋だなあと思う。風が涼しくなり、虫の音がますます冴えわたる。わたしは季節の変わり目が好きだ。春から夏、夏から秋、冬から春。

なぜ、秋から冬をとばしたか、それは冬がきらいだから。兼好法師は、家は夏仕様に建てなさい、冬の寒さは服を着込めばしのげるが、夏の暑さばかりはどうにもならない、ってことを言っていたが、わたしは逆である。暑さはなんとでもしのげるが、寒さだけはがまんならない。冷たい水、冷たい風、冷たい部屋、冷たい車の中(燃費が悪くなる!!)腹が立つぐらいだ。

ま、文句を言わず、しばらくは秋の気配を存分に楽しもうと思う。

2007年9月6日(木) 靴底に覚せい剤

2007年09月06日 00:00

記事を読んで感心した。子供の靴底に覚せい剤を隠して入国しようとした男女3人が逮捕されたという。

感心したのは二つの点についてである。ひとつめは「靴底に覚せい剤」という斬新さ。「恋する惑星」という香港映画に、コンドームにつめこんだ覚せい剤を妊婦にみたてた女性のおなかやくまのぬいぐるみにつめこむというシーンがあったことを思い出した。あれ・・・そういえば、パンツに隠していた人もいたっけ。

靴底とは考えたものだ。

二つ目の感心はよくぞ見つけたということである。いずれのくつも新品だったことから税関の職員が不審に思ってお縄になったそうである。

それにしても新品のくつを不審がるというのが職人技ですねえ。海外へ行くということで、新品のくつや上着を仕立てる人は少なくないはずだ。にもかかわらず、ピンポイントで本当によく見つけたなあ。ジャの道はヘビってとこだろうか。

しかし、税関職員はくつだけではなく、言葉では説明できないプロとしてのカンのようなものが先に働いたのではないかと考える。

ところで、わたしはほとんどの税関はスルーで通してくれるし、ごくまれにスーツケースを開けるように言われて開いたとしても、職員の「ま、そろそろ仕事してるふりしよう」っておざなりな様子がひしひしと伝わってくる。

ひたすら感心した記事であった。

2007年9月5日(水) 朝一番の電話で

2007年09月05日 00:00

朝一番に外線電話が鳴る。

外線(ルーシー直通)ということはわりと近い人である。しかも朝一番・・・。そこで、目下の懸案事項を思い浮かべるが懸案事項がありすぎて、なんの要件で誰からなのかとっさに思いつかない。

覚悟を決めて受話器ととると、電話の向こうからは朗らかな声がきこえてきた。A先生である。

「あれ、なに?仕事してるの?今日はちゃーりーは出張でしょ?なんで仕事してるの?」

と開口一番に言われた。

あのー・・・ちゃーりーがいなくてもいくらでも仕事はあるんです。でも、A先生はわたしがいると思ったからかけてきたわけでしょ。そやのに「なんで仕事してるの?」はありませんよね、と思ったがさすがにそこまでは言えなかったので、ハハハハハとあいまいに笑った。

いえ、いいんですよ。A先生のこういう一貫性のない言動は実は好きです。笑わせてもらっています。これからもどんどんお願いします。

2007年9月4日(火) トルコ〜アスクレピオン

2007年09月04日 00:00

flower
廃墟に咲く赤い花。はるか2000年も昔の人たちもこの花をみていたのだろうか。→ちゃーりーおもちゃ箱へどうぞ

2007年9月3日(月) 軽めの躁かも

2007年09月03日 00:00

ここのところ調子がいい。なんてったって、「だめんずうぉーかー」の単行本を二冊も気前よくお買い上げしてしまったのだから。

本っていうのは場所をとるのでできるだけ買わないようにしている。それに情報料とはいえけっこう高くつくので「情報」に的をしぼって、たいていアマゾンのusedを購入している。定価1円、配送料340円 みたいに。

にもかかわらず今回は気前よく新品を二冊もオーダー。・・・庶民の幸せってささやかですなあ。でも、好きな作家(漫画家だけど)の作品を新品でむさぼり読むって至上の喜び。

そういえば、やはり愛読書SPA!で柳美里のインタビューがあった。彼女のインタビューなんて珍しいなあ、と思って読んでみた。

この人は生き方そのものが作品になりそうな人だ。

芥川賞受賞作品の「家族シネマ」は読んだだけだけど、そのディープな世界についていけず、というか、登場人物の不健全さ(にわたしには思えた)に耐え切れずあとはぜんぜん手をつけていない。アダルトチルドレンという言葉がはやったころだっただろうか。

ところで、純文学って何をもって純文学とするのだ?よく分からないけど、柳美里は純文学であるはずである。だから純文学っていうのは、作品そのものが理解できないとか、不健全であるとか、ゆがんでいる人を描くといいのだと思う。で、その不可解さをいかに深く掘り下げるかでいい点数がつくのではないだろうか。

その柳美里であるが「今日のできごと」というブログを書いている。一日に10回近く更新されていて、写真付き。彼女自身の寝起きの顔とか、疲れた、とか、独り言満載で、気味が悪いような気もするがついついのぞき見してしまうようなブログである。

写真の若さに驚く。元女優だから不思議ではないかもしれないけど、年齢不詳系の美人なのだろうなあ、とブログの写真を見て思った。

2007年9月2日(日) 敷居が高い人

2007年09月02日 00:00

ある懇親会でのこと。

一人の男性がわたしに話しかけてきた。仕事上のおつきあいがある人である。暑いですねー、などと最初は世間話をしてから彼はおもむろに切り出した。

「ちゃーりー先生は気さくで”敷居が低い”のに、秘書の方が出てこれらるといきなり”敷居が高く”なりますねー」

とのこと。はあ、それはつまり・・・?わたしは愛想がないとか、冷たいとか、近寄りがたい雰囲気をかもし出している、ということが言いたいのか?

「ええ、仕事ですからねー、仕事のときは戦闘態勢ですから・・・いろんな方もいらっしゃいますし・・・」

と、あいまいに笑いながら返事をした。すると今度は別の方向から攻められた。

「失礼ですがルーシーさんっておいくつですか。20代(←うそつけ)?30代?ぼく、○才なんですけど、ぼくより10歳ぐらい下かなあ?普段、こんなことお話できませんからねー、ハッハッハ」

と、しつこい。ハハハハ、干支はネコです・・・などと適当に答えていたら、さらに続いた。

「どちらにお住まいですか?H市ですか。H市のどちらですか?このお仕事はいつから、何年ぐらいなさっているのですか?」

身上調査ですか?とききたくなるぐらい根堀葉堀きかれた。悪気はないようだが、初対面でないとはいえ、ここまで矢継ぎばやに何でそんなことをたずねるわけ?将を射んとすれば馬からってやつ?

敷居が高い・・・ですか。もっと若くてきれいでやさしい秘書ならそんなことは言われないかもしれないけど・・・。私の仕事は愛想をふりまくことではないからべつにいいや。相手と状況にもよるけれど、この場合の「敷居が高い」というのはほめ言葉として受け取っておこうと思う(図々しい?)。

2007年9月1日(土) スキャンダル〜恋愛の品格

2007年09月01日 00:00

民主党議員のスキャンダルが次々と出てくる。さて、「スキャンダル」と書いたが、それって本当にスキャンダルに値するのだろうか。

いずれも過去形のようで、邪推するならどこかで知恵をいれた人が陰にいて、マスコミとうまい具合にタグマッチを組んだような気がする。

男でも女でも政治家なら愛人の一人ぐらいはいるんじゃないの、と個人的には思う。これが政治家でなく、人の道を説く僧侶とか神父様となるといかがなものかと思うけど。道徳観と政治家としての能力は別だと考える(・・・って、誰かに聞かせてあげたい)。

あえて苦言を呈するなら、当選できる人ってことでなりふりかまわずかつぎだすからこんなことになちゃうのではないだろうか。立候補しながら、過去には選挙権を行使していなかった人もいたようだし。それでも当選させてしまうっていうのは国民にも問題があるのかなあ。

それはともかくとして、愛人問題で道を絶たれた人の代表といえば宇野宗佑さん。わたしのなかではこの人が必ず思い浮かぶ。

宇野さんの場合には女性を非難する人もいたけど、それは全くお門違いだろう。女性が二人の仲を公表するのはルール違反だったかもしれないけど(手切れ金が少なかったらしい?)、しょせん宇野さんもルール違反をするような程度の人とおつきあいをしていたわけだから、お似合いだったわけだ。

本当に相手のことを思っているなら、思い出までを汚してしまうようなことをするだろうか。愛しあったあとに別れがきたとしても、ある程度の自尊心のある人ならば暴露などという品のないことは決してしないと思う。

この手のスキャンダルは、愛人がいたとかいなかったということよりも、渦中の人はその程度の人としかおつきあいできなかったのだなあ、と男を(または女を)下げるということである。

ということでわたしは庶民ですが、過去の恋愛は墓場まで持っていこうと思います。


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